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 安来市広瀬町であった「山城シンポジウム」に行ってみた。
 広瀬町は、山陰随一の戦国大名で有名な尼子氏の本拠である富田城があります。今は再現された石垣などが残るだけですが、今年、尼子氏の子孫が全国から集まるお祭りが開かれるとか。そのイベントの一部としてこの山城シンポジウムが開かれたのです。
 月山富田城は、尼子氏、もしくはその再興を目指した武将、山中鹿之助でも有名ですね。
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 シンポジウムは地元のご老人方が会場の多数を占めてはいますが200人はいたかという盛況ぶり
。僕みたいな城好きもなかにはいたかもしれません。
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 シンポの内容は、尼子氏の栄枯盛衰の詳細を早口で・・・・・かなり専門的な話のため、尼子の知識は大河ドラマで知ってる程度の僕としてはちょっと深すぎでした。
 また、山陰地方の山城についても専門家の方が解説。それらはみな信長が安土城で確立する近世の平山城タイプでなく、山の尾根をそのまま利用する旧式の城なため、一般にイメージする石垣作りの城郭ではないのですが、尼子時代の富田城はその一種です。山陰地方にも各所の山々に残っているようなのですが、三刀屋城以外は見たこともないものばかり。実際、見に行っても地上に残る建築物は皆無でしょう。ここまで聴講して改めて認識しました。僕が好きな城跡というのは、信長以降のものだということを。

 せっかく来たので、登城せずに帰るのももったいない。以前一度登ってはいるが途中までだった。今日は山頂の本丸まで行ってみる。夕方も近くなり、登山道は薄暗い。誰も登っていない。ちょっと気味悪い気もしたが、15分ほどで本丸へに着く。

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 シンポジウムは地元のご老人方が会場の多数を占めてはいますが200人はいたかという盛況ぶり
。僕みたいな城好きもなかにはいたかもしれません。
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 シンポの内容は、尼子氏の栄枯盛衰の詳細を早口で・・・・・かなり専門的な話のため、尼子の知識は大河ドラマで知ってる程度の僕としてはちょっと深すぎでした。
 また、山陰地方の山城についても専門家の方が解説。それらはみな信長が安土城で確立する近世の平山城タイプでなく、山の尾根をそのまま利用する旧式の城なため、一般にイメージする石垣作りの城郭ではないのですが、尼子時代の富田城はその一種です。山陰地方にも各所の山々に残っているようなのですが、三刀屋城以外は見たこともないものばかり。実際、見に行っても地上に残る建築物は皆無でしょう。ここまで聴講して改めて認識しました。僕が好きな城跡というのは、信長以降のものだということを。

 せっかく来たので、登城せずに帰るのももったいない。以前一度登ってはいるが途中までだった。今日は山頂の本丸まで行ってみる。夕方も近くなり、登山道は薄暗い。誰も登っていない。ちょっと気味悪い気もしたが、15分ほどで本丸へに着く。

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【2008/08/24 13:27】 | 小さな旅
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